見えない光で試料を観る!近赤外分光法
当研究分野では、近赤外分光法というユニークな分光法に着目し、これを木質材料や農産物の新しい非破壊計測手法として利活用するための基礎的・応用的な研究開発を行っています。この分光法は様々な有機物に関するオンライン計測・オンサイト計測を可能とする、まさに「21世紀のスター」たるべき非破壊センシング技術です。
電磁波である光は、その波長領域によって性質・用途が大きく異なります。
近赤外光は、可視光(波長400-800nm)と赤外光(波長2500-25000nm)の中間に存在(波長1000-2500nm)します。もちろん、可視光線のように人間の目で確認することはできません。
この波長域における光の吸収や発光に基づく分光法を近赤外分光法と呼びます。
ところで、有機物質を形成しているのは、炭素、水素や窒素などから構成されている官能基ですが、これらの分子振動(基準振動)の多くは、赤外領域に存在するため、赤外光を有機物質に照射すると、それぞれの官能基によって特定の波長の光(電磁波)が吸収されます。この現象を利用して、有機物質の分子構造を決定することができるのです。
近赤外領域でも、これと同様の現象が観察されますが、光が吸収される分子振動のパターンが、基準振動の倍音振動や結合振動と呼ばれるものになります。近赤外光が物質に吸収される割合は、赤外領域に比べてはるかに微弱です。したがって、赤外分光法のように試料を希釈するなどの前処理を施す必要がほとんどありません。これは、試料中の高濃度成分を直接測定できること、いいかえれば、試料の非破壊センシングが可能であることを意味します。
とくに、近赤外領域における水分子のモル吸収係数は赤外領域におけるそれの1/10000~1/1000程度であるため、農産物や木材のように水を多量に含むことがある材料を測定対象とする場合には、とりわけ有益な手段になります。しかしながら、この電磁波領域に出現する各種官能基の吸収バンドは、分光学的には、いわば「ぼやけた物質情報」となります。
そこで、数学的、統計的手法とコンピュータを利用して、「意味のある物質情報」を有効に抽出するケモメトリクス(Chemometrics)と呼ばれる手法を応用して、効率的な品質評価を行います。
近赤外光は、比較的低エネルギーの電磁波であるため、人体および試料が測定中に損傷を受けることがほとんどないことも大きな利点として挙げられます。近赤外分光法は、すでに食品、薬品、化学工業などの分野においてはオンライン成分分析装置として実用化されており、正確さ、迅速性の点からも近年ますます注目を浴びています。
- S. Tsuchikawa, “A Review of Recent Near Infrared Research for Wood and Paper” , Applied Spectroscopy Review,42,43-71 (2007)
- 土川 覚、”近赤外分光法による木質材料の非破壊計測-現状と展望-” 、木材工業、66,430-435 (2011)
近赤外分光法/重水素置換法による古材・熱処理材の結晶構造解析
- T. Inagaki, H.W. Siesler, K. Mitsui, S. Tsuchikawa, “Difference of the crystal structure of cellulose in wood after hydrothermal and aging degradation: A NIR spectroscop and XRD study”, Biomacromolecules 11, 2300-2305 (2010)
近赤外分光法による古気候復元の可能性
- T. Inagaki, et al., “Rapid Prediction of Past Climate Condition from Lake Sediments by Near-Infrared (NIR) Spectroscopy”, Applied spectroscopy, 66, 673-679 (2012)
タイプランテーションでのオンサイト/インライン品質評価デバイスの新規設計
- T. Inagaki, P. Sirisomboon, C. Liu, W. Thanapase, S. Tsuchikawa, “High accuracy rapid prediction and feasibility of on-site nondestructive estimation of Para rubber quality by spectroscopic method”, Journal of Wood Science, 59, 119-126 (2013)
- T. Inagaki, M. Schwanninger, R. Kato, Y. Kurata, W. Thanapase, P. Puthson, S. Tsuchikawa, “Eucalyptus camaldulensis density and fiber length estimated by near infrared spectroscopy”, Wood Science and Technology, 46, 143-155 (2012)